「記念館」がオープンしたのは2012年4月8日。芭蕉や『おくのほそ道』に関する資料が展示してあるほか、3D映像が見られる「芭蕉館」をはじめ、大垣の先賢たちの偉業を紹介する「先賢館」、全国の芭蕉関連情報などが集められた「観光・交流館」がある。俳句ブームもあってか、国内だけでなく海外からも多くの人が訪れ、芭蕉の足跡に触れている。昨年5月には入館者が100万人を突破、今年5月末には125万人を超えた。オープンした年の暮れには天皇皇后両陛下も行幸啓され、館内を見て回られた。山崎さんら、同記念館の学芸員3人は、大垣市教育委員会の職員。来館者に芭蕉や展示物の解説をするほか、企画展の準備をする。企画展は、昨年まで毎年春に「芭蕉の真筆でたどる『奥の細道』」シリーズを5回開催。今年春には「真筆でたどる芭蕉の生涯」を開催。今後、シリーズ化していく予定。さらに、7月15日からは「博士のまち・大垣」の第3弾として、大垣市出身で世界初の地震学教授で理学博士・関谷清景の生涯を紹介する企画展が始まる(8月27日まで)。
芭蕉は伊賀上野(現・三重県伊賀市)出身。蕉風という芸術性の高い句風を確立した俳諧師。『おくのほそ道』は、46歳の春から秋にかけての旅の体験に基づく紀行文学作品。元禄2(1689)年、江戸から奥羽、北陸を経て美濃に至る約150日間2400キロメートルに及ぶ紀行だ。むすびの地となった大垣では「蛤(はまぐり)のふたみにわかれ行(ゆく)秋ぞ」の句を残し、伊勢に向かっている。山崎さんは「俳句は人と人を結びつけるツール、手段。俳句を通じて人が集まる。江戸時代には、商売を円滑にするための手段にもなっていた。句会の席では庶民も武士も一緒。身分を超えて行われた」と解説。さらに「芭蕉は俳句の神様とか俳聖と呼ばれることがあるが、芭蕉の残した手紙や作品などを読むと、実際の姿は人間味の豊かな人だった。旅に出ても立派な宿でなく、地元の人の家に泊まりお礼に直筆の短冊などをプレゼントするなど、人間味のあふれる俳人だった。大垣には同じ師匠から京都で俳句を学んだ谷木因とのつながりがきっかけで訪れるようになった」と、説明する。
「企画展の準備は大変。図録の原稿やパネルの文章を書くほか、記念館にあるものだけでなく、どれだけ他から借りてこられるかも試される。公的機関以外の個人が所有する資料を借りられるかが、学芸員の腕のみせどころ。記念館を訪れた人たちに、芭蕉の真筆を見てもらいたい。幸い、大垣市は�爐爐垢咾涼廊瓠N垢療喘罎涼呂世函⊆茲蠑紊欧砲�くてもここは『おくのほそ道』の全体を紹介できる施設という強みがあります。これからも強みを生かして芭蕉の生涯にわたる企画展を続けていきたい。多くの人に分かり易く説明できる学芸員として勉強を続けなくては」と、山崎さん。
2017.07.03(子林 光和)




